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2/6 小噺更新
#16 うそつき 「タカさん!」 教室中に響き渡る声に、クラスメイトたちの視線が一斉にそちらへ移る。 ホームルームが終わるとみんな部活や塾なんかであっという間に出て行ってしまうので、残っているのは掃除当番ぐらいなものだ。それでもここにいる全員の視線を集めた菊丸は、けれどそれに気付いている感じではない。ただ自分が呼んだ相手の河村だけを見ている。何故か頬をぴくぴく痙攣させて、口は斜めに歪んでいた。 ちょうど黒板掃除をしていた河村は、その手を止めて友人に向き直ると、どうしたの?と訊ねた。 「なあなあ、不二、しらねえ?」 問い返す菊丸は、あからさまににやにやしている。よほど面白いころがあったのか、今にも腹を抱えて笑い出しそうだ。 菊丸がこういう表情をするのは、大抵は何かの企みが成功したときである。経験上知っている河村は、あえてそこには触れず、曖昧に笑顔を返した。 「不二なら、さっき来たけど・・・」 「どこ行った?」 「・・・うーん」 「あ、わっかんねえよな!」 と、河村が答える前に1人で納得した菊丸は、邪魔したなー、と手を振って、さっさと行ってしまった。 友人の唐突さに慣れている河村は、ひとつ息を吐いてから掃除に戻るべく、黒板消しを握る。そして白い文字を消しながら、まるで独り言のようにぼそっと呟いた。 「笑ってたよ?」 「・・・笑ってたねぇ」 独り言に答えた声は、河村の背後から上がった。言葉の通りに、笑ってもいる。河村はそれ以上は何も言わず、黙々と黒板を拭き終えた。それが終わると今度は黒板消しを掃除するべく、クリーナーを教壇に置いたところで 「かかかか河村!!」 また呼ばれた。 見れば、開け放ったドアに寄りかかるようにして、ぜえぜえと激しく深呼吸を繰り返す乾の姿がある。誰かから逃げてきたのか、それとも誰かを追っているのか、全力疾走でもしていたようだ。自慢の眼鏡もいまは斜めにずり下がっている。 「乾、どうしたの?大丈夫?」 「だ・・・だ・・・だい・・・じょ・・・・・・・ぶ・・・」 これっぽっちも大丈夫そうではなく言ってから、乾はぐいっと顔を上げ縋るような目で(というか眼鏡で)、河村を見た。 「河村!・・・不二の・・・居場所・・・知らない!!?」 途切れ途切れの言葉に精一杯の切実さを乗せて訴える乾を、本当に大丈夫かなぁ、と思いながら河村は答えた。 「不二なら、さっき来たけど・・・」 そこで言葉を切って教室内を見渡す。見たところ不二の姿はない。 乾はそんな河村の様子を見て納得したのか 「あ・・・そだよね・・・・・・掃除中に・・・ごめん」 と言って肩を落とした。そのまま床に膝も落としてしまうかと思いきや、落ち込んでる場合じゃないし!と叫んで体を起こすと、全力で廊下を走り抜けて行ってしまった。 一瞬、呆気に取れらた河村は、けれどすぐに気を取り直してクリーナーにスイッチを入れる。黒板消しの汚れをすいすい吸わせながら、また独り言を呟いた。 「大丈夫かなぁ?」 「・・・大丈夫でしょ」 答えは河村の足元から聞こえた。いかにも無責任な声に、河村はそれ以上は何も言わず、黙々と黒板消しを動かし続けた。そしてそれも終わり、クリーナーを片付けようとしたところで 「タカさん」 またまた呼ばれてしまった。 「不二、見なかったか?」 ドアのところに立つ大石は、さっきの乾とは対照的にゆったり落ち着いた様子で腕を組んでいる。河村が同じように、さっき来た、とだけ答えても、大石は先の2人のように早合点して立ち去ってはくれなかった。 「英二と、乾が来ただろう?」 「そうだね、ついさっき。2人ともすぐ行っちゃったけど」 その答えに、大石はすうっと目を細めて教室内を見回した。それから河村へ視線を戻し、タカさんは、と切り出した。 「不二が何したか、聞かなかったのか?」 「あぁ・・・そういえば。でも聞く前に2人とも行っちゃったからなぁ」 「それもそうか」 驚くほどあっさり納得した大石は、廊下のほうへ身体を向けた。それから顔だけ河村に向いて、不二に会ったら伝えてくれ、と前置きして 「自分で始末つけろ」 と言って、歩いて行ってしまった。 河村は手に持ったままだったクリーナーを片付けてから、教壇を見た。いつも先生が教科書や資料を置いて立つそこは、内部が空洞になっているので、人ひとりくらい余裕で隠れることが出来る。もちろん隠れる為の場所ではないから(もしかしたら地震のとき机代わりに教師が潜り込むかもしれないけれど)、普通は入ったりしない。その入ったりしない場所に、さっきから人がいる。 河村はしゃがんで、その中にいる人間と向かい合わせになった。ぴたりと視線を合わせれば、にこりと笑顔を返される。その笑顔に呆れながら河村は言った。 「大石、怒ってたね」 「・・・そりゃあ、怒るだろうねぇ」 苦笑してはいるものの、まるで悪気を感じられないのは、本当に悪気がないからだ。 彼はいつだって、何をしたって、この態度を崩さない。隠れているのは、怒られたり責められたりするのが嫌だからじゃなく、そのほうが面白いから。きっとしばらくしたらけろっと姿を現して、大石が言うように、自分で始末をつけるに違いない。 「不二」 ようやく呼べた名前に、不二はさっきまでとは違う顔で、にこにこ笑って答える。 「タカさんも嘘吐くのが上手になっちゃったねぇ」 「不二のおかげさまだね」 「嫌味まで言えるなんて・・・」 大人になったなぁ、と嬉しそうに呟いた不二を、河村はじぃっと見つめた。物言いたげな瞳に不二が、なに?と促すと俯いて答えた。 「俺は不二のおかげさまで嘘が上手になったみたいだけど、不二は嘘を吐かないよね」 「そう?英二や乾には、よく『うそつき』呼ばわりされてるけど」 「うーん、そういう意味じゃなくて・・・」 河村はもう一度不二に視線を戻した。 「嘘は吐かないけど、本当のことも言わない」 そんな感じ。そう言うと不二は一瞬目を瞠ると、片手で両目蓋を覆って、くくくく、と笑い始めた。くくくく、くくくく、その笑いは、さっきまでしていた笑いのどれとも似ていないものだった。 少しの間、笑い続けた不二は最後にこう言った。 「それは一番タチの悪いうそつきだよ」
管理人 花椿
キング
Mail : hanatubaki-king*mail.goo.ne.jp(*→@)
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